無力

人間、無力を感じる瞬間ってあるものである。
私はその日いつも通り電車の長椅子のはしっこを確保してくつろいで本を読んでいた。隣には腕を組んで今にも眠らんとするおばちゃんである。今思えばなんで気付いてしまったんだろう。それが悔やまれる。おばちゃんの腕には蚊が一匹とまっていたのだ。しかもあの黒と白のみるだけでパブロフ効果で痒くなるやつ。

「叩きたい!!!」

自分の腕ならば脊髄反射でこの世から永久追放していただろう。いかんせん、他人の腕である。叩いて事情を説明したところで、「あらあらどーもありがとうねー、助けていただいたみたいで」なんて笑顔で返してくれるだろうか。それを期待するにはリスクが高すぎやしないか。

そんな私の葛藤をよそに、平然とおばちゃんの血を吸っている蚊。なんでこんなやつが電車に紛れ込んでいるんだ。セキュリティはどうした!さらに私をイラつかせたのは眠りの世界に入ってしまい全然気づかないおばちゃん。ここでなんとかしなかったからあと数時間後であんた、地獄を見るんだぜ。

無力である。何もできなかった。これほど力を欲した出来事はない。